2012年3月19日月曜日

手放すとき


 何十年も、大切にしてきたものを

 人はいつか手放さなければならないときがくる。

 時間の流れは前にしか進まない。


 昨日は、尊敬するある人が大きな決断をされていたことを知って

 僕自身も衝撃を受けた。

 その方は、吹奏楽を愛して 生徒を愛している

 本当に愛情深い方。


 何十年も大切で、もはや自分の一部どころか大部分を占めているものを手放す

 
 その気持ちは、いかほどであったか、僕には想像さえつかない。

 

 3年間だけ関わった自分でさえ

 その方との出会いは大きかったと言わざるを得ないのだから。


 生徒にとってはいかほどだろうか。

 でも、きっとこういう風にして

 残された生徒達は

 きっと新しい先生と一緒に素晴らしい音を奏でていってくれるのだと思う。
 涙はええ音に変わるのでしょう。


 ああいう方と出会える生徒は本当に幸せだと思います。

 最近。親を見ると年をとったなーと思う。


 そうか。

 
 そのときも確実に近づいているか。

 1年は本当に年々短くなっていて。

 たったこんなにも一瞬のことが

 あと、30回ほど繰り返すだけで


 自分もそういう時期になるのかと。


 「何か」を手放すとき。

 2年前にも一度、手放した。


 本当に「大切な何か」を大切にするために

 「何か」を捨てる覚悟あるのか?

 という言葉に背中を押された。

 
 でも。

 時間は有限だ。

 人はいつか、その「本当に大切な何か」さえも

 手放さないといけないときがくる。

 そのとき。

 自分が手放しても。

 そのバトンをさらに次へと、もっと大きなものにして

 繋げっていってくれる

 存在がいて。

 そういう願いと

 期待と

 感謝を持って

 手放せたらと。

 いや、渡していけたら。

 どんな気持ちで手放すのだろう。

 最後には感謝しか残らない。

 そんな 「終わり」 を意識することは

 少ししんどい作業なのかなとも

 思っていたけれど

 本当にしないといけないことだと 

 再確認する。

 だって、まだ生かされているのだもんね。


 「使命」という言葉が好きです。

 命を使う と書くこのシンプルな言葉は

 とてもパワーを持っていると思う。

 あなたには使命がある


 とても荘厳な響きがする。

 僕には使命がある。 あなたにも使命がある。

 僕は

 残された時間を 「何」に使うのか。

 「何」に使ってきたか。

 「何」にこれから使っていくか。


 おっと


 やれることが限られていることに気づく。
 

 人生が終わったとき

 神さまが

 本当に、よく自分の使命を果たしたね。

 わたしがあなたを通して

 これをしたい!って思っていたことを

 たっくさんしてくれて

 
 ありがとう

 って言われる

 そんな 人生を

 
 歩みたい。